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Hyo Yoshikawa Living in Japan hoping to write article in English as much as i can.See the blog http://japan.cnet.com/blog/it_bigbang/ tw http://www.twitter.com/HyoYoshikawa/ |
ここから先
僕たちは震災から10ヶ月、11ヶ月、12ヶ月という時間の流れを見ていくことになるだろう。
各地のボランティアは減り続け、被災地の「自立」という言葉の陰で、もっと減っていくだろう。
ここから先
僕たちは震災について話す時間が少しずつ、少しずつ減っていくだろう。
いつまでも震災や原子力の話をし続けることに抵抗のある雰囲気が、徐々に徐々に支配していくだろう。
ここから先
「いつまでも暗い話ばかりしていられないよな」
「仕事のことを考えなくちゃあ」
「過ぎたことをいつまでも繰り返し繰り返し話してもねえ」
という声が、次第に支配的になっていくだろう。
ぼくは思う。
こういう全てのことに誰もあらがうことはできないと。
そうしたことは「ある程度まで自然」で「ある程度まで正しい」ことを否定できないからだ。
人は、精神がきついことよりも、楽なことに1ミリでも大義があるなら、確実にそちらに流れるからだ。それは僕も例外ではない。
だからこそ人は半年ごととか、1年ごととか、区切りのいいところだけ死者を思い出し、彼の地に思いを馳せ、にわかづくりの番組を見て「ああもうそんなにたったんだ」と振り返ることになる。
それも全てが悪いとは言い切れない。
けれども、
皆が未来のこと、楽しいこと、希望、夢、美味しいもの。
禍々しいものと関係のないことを語り合っている間、できたら自分はできるだけ長く、横ですっと待っていたいと思う。
そうした空気が支配的でありすぎないように。
そして幾人かがそうした楽しい話の合間に「そう言えば」と、すっと思いを彼の地に巡らせたとき、必ず否できるだけそこに視線を合わせようと。 楽しい場所に帰ることはいつでもできるのだから。
できるかどうかはわからないけれど、それが今の自分の「希望」である。